最高裁判所第一小法廷 昭和35年(オ)50号 判決 1960年12月22日
松山市住吉町四丁目一七番地
上告人
武士末敬一郎
右訴訟代理人弁護人
泉田一
松山市堀之内
被上告人
松山税務署長武田兼市
右当事者間の所得税更正決定等取消請求事件について、高松高等裁判所が昭和三四年一一月五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人泉田一の上告理由第一点について。
原審の事実認定は、その挙示の証拠関係に照らしこれを是認できる。所論は判断遺脱をいうが、原審の確定した事実関係の下においては、所論のような三津浜地区としての特殊事情は原審はこれを否定した趣旨と解せられる。されば論旨は採るを得ない。
同第二点について
原判決は所論預金のみならず、原判示のような種々の事情を総合して、被上告人が、上告人の青色申告承認を取り消したのを相当と判示しており、その説示は首肯することができる。所論は原判示に副わない事実関係を前提として原判決を非難するものであつて、採るを得ない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 高木常七)
○昭和三五年(オ)第五〇号
上告人 武士末敬一郎
被上告人 松山税務署長
上告代理人泉田一の上告理由
第一点 原判決に於ては上告人主張の三津浜地区に於ける呉服太物小売業者が昭和二五、六年度に於て特別に利益率が少なかつた特殊事情について何等の判断がしてない。
(1) 原判決に於ては上告人の昭和二五、六年度の所得算定に於て被上告人の主張している一般小売業者の所得標準率一三%及至一八%をそのまゝ正当なりとして上告人の売上高に乗じて上告人の当該年度の所得を算定している。
(2) 併し被上告人の云う所得標準率は同一業種の所得を推定する参考にはなるであろうけれども、直ちに上告人の所得が算定せられるものでない事は原審に於ても認めて居るところで、各商店の特殊事情を考慮して実際の所得は決定されなければならぬ事は自明の理である。
(3) 然るに原審に於ては上告人の云う三津浜地区に於ける呉服太物小売商人の所得率が特殊事情に対し「それは一般小売業者に共通な事情であつて特殊事情にはならぬ」と簡単に片づけている。これは上告人の主張を故意に曲解したものか或は上告人の主張している特殊事情について理解が出来なかつたかの何れかであつて、上告人主張の特殊事情について全然判断が加えられていない。
(4) 上告人主張の特殊事情は大要次の通りである。
(イ) 上告人は松山市に合併せられる迄は三津ケ浜町と呼ぶ松山市より約三粁以上離れた漁港を中心とする町に店舗を有し、松山市全体から見れば場末の町で商業の中心は旧松山市地域(戦災の為め全焼した)である。
戦災前、又戦後昭和二五年頃以降は三津浜地区は住民も少ないし、少し良い品物の購入には旧松山市地区に出向いて買うのが通常で上告人等の店舗で売れる品物は二流三流品で、当座の間に合わせに買うというのが普通である。
(ロ) 然るに昭和二〇年七月松山市が空襲で全焼し仲仲復興が出来なかつた時、上告人の住む三津浜地区は幸に戦災を免れた為め、転住者も多く且つ戦災後物資の不足していた時は松山の中心が三津浜地区に移動した感があり、どんな粗悪品でも店に並べて居れば直ちに売れるという有様で活況を呈した、当時衣料品は統制であり配給制であつた為め上告人に対する配給も実績が物を云い多くなり利益率も高かつたので儲けたのが事実である。
(此の頃の利益が本件に出て来る家族名義の預金となつたものである)
(ハ) 併しこの状態は何時迄もは続かず、旧松山市の復興は目覚ましいものがあり、昭和二三、四年頃よりは逆に旧松山市地域に帰り店舗を開き生活するものが多くなり三津浜地区の人口も漸減をたどり、松山市にも良い店舗が出来るようになり今まで旧松山市地区、其の周辺の地区から買いに来ていた人達も次第に数が減ずるようになり、其の顧客を奪われまいとする為め勢、利益を無視して売らざるを得なくなつて来た。
(ニ) 丁度此の時期に衣料品の統制が撤廃になつたので、それまで実績により多量に粗悪な高価品(物品税加算の原価)を仕入れていた上告人は、新規に物品税もかけられていない安い然も優良品を仕入れて販売する旧松山市地域の商人と競争する為には、半額或いは二割、三割の値引をしてでも売らざるを得なくなつたのでその為めに特に利益率の低下を見たのである。
此の事はただに上告人の店舗のみならず三津浜地区の同業者全体に通ずる現象であつて、否全国的に戦災を原因とする市場の変化、其の後戦災地の復興に伴う市場の変化は共通事情で焼け残つた地域は戦災直後より数年間は商売も繁栄し其の後戦災地の復興に伴い衰微して来た事は明白な事実である。
(ホ) 従つて上告人の店舗は戦災直後より昭和二三、四年頃迄は活況を呈し所得も多かつたが其の頃を境として急激に商売も不振となり所得率も低下したのである。
(5) 以上の様な特殊事情があつて上告人の所得率が低かつたのであるにも関わらず、上告人の云う特殊事情は一般小売業者間の共通事情で所得率の適用を妨げるものではないと判断している原判決は不当である。
第二点 上告人の為した青色申告を取り消した被上告人の決定は正当であると判示しているがこれ又不当である。
上告人が終戦直後より昭和二四年頃迄の間に儲けて預貯金が出来た事は前述の通りである。
これを家族名義で預金をしていた。
青色申告を為す際此の分は除いて計理をしたのであるが、商売の関係上運転資金に之を流用した、併し如何様に流用したかは原審に於て充分立証してあり、決して売上利益から脱漏した貯金ではない。
貯金が既にあつてこれを上告人の営業の為め借り入れ或いは定期貯金を担保として銀行より借入し後になつて営業面から支払をしたのに過ぎない。
家族名義の預貯金は昭和二四年中にあつたものである事は甲号証により明白である。昭和二五年度、昭和二六年度の利益の中から貯金したものではない。然らば昭和二五年度、昭和二六年度の上告人の所得とは全然関係がない筈である。
然るに此の昭和二五年度以前にあつた預貯金の動きから上告人の帳簿に真実性がないとして青色申告を取り消した被上告人の決定を認めた原判決は矛盾している。
以上の二点は民事訴訟法第三九五条第六号に該当する理由あるものと思料する。